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爆笑SF童話『おじいちゃんの ヤリナオシ・カプセル』 [SF童話]

  このお話は原稿用紙で約20枚。少し長い童話です。これも賞をいただいた作品ですが、今回ブログ掲載にあたって、少々リライトしてみました。小学校低学年向きですが、軽いSFタッチのファンタジーを、オトナもお楽しみください。

                

 『おじいちゃんの ヤリナオシ・カプセル』 

 ミクちゃんのおじいちゃんは、昔、お医者さまだった。今は、ミクちゃんのお父さんが病院のあとを継いだので、若いころからの夢だった、研究生活、というのを楽しんでいる。

「ねぇ、ケンキュウセイカツ、ってなにさ」

「自分の好きなことを、好きなように考えたり、実験したりする生活のことだよ」

「なんだ、要は好き勝手にやってるってことじゃない」

「まあ、そう言えないことはないな。フォッホッホ」

 小学校一年生のミクちゃんは、おじいちゃんのいい話し相手だった。だけど当のミクちゃんは、それをあんまりありがたいと思っていない。だって、おじいちゃんのケンキュウっていうのは、なんだかあやしくて、ときどきヘンテコな実験につきあわされることがあるんだもの。

 このあいだだって‥‥。

「ミク、ちょっとこいつを使ってみてくれんか」

「なに、これぇ ? 」

 おじいちゃんがさし出したのは、先っぽを切りとった、手術用の手ぶくろ。よく見ると、指と指の間に、うすいゴムの膜がはってある。これ、水かき?

「フォッホッホ。カッパ・ハンドといってな、これをつけて泳げば、今までの倍は早く泳げるはずじゃ」

 おじいちゃんはもうトシで、こいつを実験はできんから、なんて言われて、ミクちゃんはしぶしぶ学校に持っていった。そして、水泳の時間に試してみたら‥‥。

(すごーい ! )

 クラスでいちばん早いタケシを、ラクラク追い抜いてしまった。

 クラスでいちばんちびのミクちゃんに負けて、タケシの面目はまるつぶれ。だけどなんかヘンだぞ、と気がついた。

「あーっ、おまえ、こんな新兵器つけてたら、一番になるのはあったりまえだろ。よこせ ! 」

 あっというまに取りあげて、カッパ・ハンドでバシャバシャ泳ぎはじめた。

「すげえ、すげえ。スイスイ泳げらあ」

 でもまだやっぱり一年生。プールのいちばん深いところまでいったとき、あっぷあっぷとおぼれはじめた。タケシの犬かきがあんまりらんぼうだったので、カッパ・ハンドのうすいマクが、やぶれてしまったのだ。  

「こんなヘンなものつけて泳ぐからだ ! 」

  イラスト提供:ピンボケイラストレーターみれい

 体育のコヤマ先生に、こってり油をしぼられたタケシが、ミクちゃんをにらみつける。ミクちゃんは、あわててプールからにげだした。

 おじいちゃんのジッケンにつきあうのなんか、もうこりごり ! ミクちゃんは、そう思ったのに、おじいちゃんは今日も、学校から帰ってきたミクちゃんを、いそいそ、つかまえにやってくる。

「ミク、あのな、こいつを‥‥」

「いやッ ! 」

「なんだ、まだ何にも言っとらんぞ」

「聞きたくないもん。どうせまたヘンテコなもの、ジッケンしてくれっていうんでしょ」

「いやいや、こんどのは、ぜんぜんヘンテコじゃない。こいつはな‥‥」

「やーだってば ! 」

 カッパ・ハンド事件ですっかりこりたミクちゃんは、おじいちゃんの話を聞きもしないで、とっとと逃げ出した。ところが、おじいちゃんはあきらめない。

「まあ聞け、ミク。こんどのやつはちょっとすごいぞ。スーパー・ペインティング・ペン、って言うんだ。協力してくれたら、お小遣いをやる。な、な、な」

 もちろん、ミクちゃんの足は、ピタリと止まった。お小遣い !

「見てからよ。見・て・か・ら・だからねッ」

 そりゃあいちおう、用心しなきゃね。

「よしよし、ほーら、これだ」

 おじいちゃんの手の中にあるものを見たミクちゃんは、首をかしげた。それは、真ん中へんに丸い輪っかが2つついただけの、普通のシャーペンだったから。

(これのどこが、 スーパー・ペインティング・ペン、なんだろ ? )

「ふっふっふ。こいつの日本名はな、"なんでもかけちゃうペン"と言うんだ」

 おじいちゃんは得意そうに、説明を始めた。

「その輪っかに、親指と人差し指を入れてな、親指のところについてる小っちゃなボタンを押す。それから、おじいちゃんの顔を描いてごらん」

 おじいちゃんの言うとおりにしてみたら‥‥、

(きゃっ ! )

 いきなりペンが、勝手に動きだした !

 ミクちゃんの気持ちとぜんぜん関係なく、画用紙の上に、おじいちゃんの顔を描いてゆく。そればかりじゃない。どこがどうなってるんだか、シャーペンの芯がカチカチ切り替わり、ちゃあんと色がついてゆく。 

(ひゃあ、スーパー色鉛筆だ ! )

 おじいちゃんが、どんなもんだ、と、にんまり笑う。

「ペンのお尻にマイクロ・デジタル・カメラを仕込んであるんだ。そいつを描きたいものに向けると、ペンが勝手に描いてくれる」

 いろんな色の芯が勝手に出てくるのは、マイクロ・コンピュータのしわざ。カメラに映った絵に合わせて、必要な色の芯を、自動的に出したり、引っ込めたりしてくれる、らしい。

 おじいちゃんの説明は、難しすぎて、よくわからなかったけれど、なんでも描けちゃうペンなんてすごく面白い。あのカッパ・ハンドなんかより、ずうっとマシだ。

 図画の苦手なミクちゃんは、大よろこび。さっそく翌日、学校に持っていった。

 今度はまず、友だちにちゃんと説明して、みんなの似顔絵を、一人づつ描きはじめる。

『わあ、すごい ! あたしの似顔絵も描いてェ』

 ミクちゃんの周りはたちまちすごい人だかり。

 ところが、大人気のスーパー・ペインティング・ペンに、タケシが、またまた目をつけたのだ。

「おっもしれェ。そのペン、ちょっとオレにかせ」

「だめッ、これ、あたしがおじいちゃんにもらったんだもの」

「ちぇっ、ケチ。かせったら、かせ ! 」

「だめッたら、だめ ! ‥‥あッ、あッ、あーッ」

 抵抗するミクちゃんの手から、無理やりペンをぶん捕ったタケシは、にんまり笑って、国語の時間にさっそくマエダ先生の似顔絵を描きはじめた。ところが‥‥。

 ペンはまずタケシのノートに、それから教科書に、となりの子のノートに、そして机の上にも、どんどん、どんどん、マエダ先生の似顔絵を描いてゆく。

「とまンねぇよォ ! 」

 大暴走するスーパー・ペインティング・ペンに、タケシは大あわて。ミクちゃんはハラハラ。まわりのみんなはゲラゲラ。

(さっき取りっこしたとき、どっかコワれちゃったんだ、きっと)

 そしてマエダ先生は、指からスーパー・ペインティング・ペンがはずれなくなって大さわぎしているタケシの頭に、でっかいゲンコを一発。

 黒板の横に立たされてしまったタケシが、ベンケイみたいなでっかい目で、またまたミクちゃんをにらみつける。

 ミクちゃんはカメの子みたいに、首をちぢめた。やだ、おっかないよう !

 タケシはそれから一日中、ミクちゃんを目のかたきにして追っかけまわし、いじめまくった。

 上ばきはかくす、クレヨンはひッくりかえす、机の中にゴミは放りこむ。

 放課後の砂場で、頭から砂をかけられたとき、ミクちゃんはとうとう、泣き出してしまった。

(うわあん、みんなおじいちゃんのせいだあ)

 わんわん泣きながらおうちに帰ったミクちゃんは、カタツムリみたいに、ベッドの中にもぐりこんだ。夕ご飯の時間になっても、部屋から出てこない。

 心配したおじいちゃんが、ミクちゃんの部屋にやってきた。

「ミク、どうしたんだ、出ておいで」

「やだ。おじいちゃんのせいよ。おじいちゃんのヘンテコなジッケンのせいで、タケシがまたあたしをいじめンだからぁ」

 ミクちゃんの話を聞いたおじいちゃんは、ポリポリ頭をかいた。それから少し考えて、ポン、と手をたたいた。

「まてよ、そいつはなんとかなるぞ。よし、ちょっと待ってろよ、ミク」

 しばらくして、おじいちゃんが持ってきたものを見たミクちゃんは、きょとんとした。それは小さな、とても小さな、ピンク色のカプセルだったから。

「これ、なあに?」

 おじいちゃんは、ニコニコしながらいった。

「こいつはな、ヤリナオシ・カプセル、というんだよ」

「ヤリナオシ・カプセル?」

「うん、まだ効き目が弱くて、その日のうちのできごとしか、ヤリナオせないんだが、まあ、ためしてごらん」

 ミクちゃんは、こわごわ、そのカプセルを飲み込んだ。そしたら、あーらららら、お部屋がグルグルまわりだしたよぉ‥‥‥ ! 」

 

 ハッと気がついたとき、ミクちゃんは、また学校にもどっていた。

 まわりには、お友だちがいっぱいで、『わあ、すごい。あたしの似顔絵も描いてェ』

(なあに、これ ? どうなってるの ? )

 スーパー・ペインティング・ペンを片手に、きょとんとしているミクちゃんに向かって、タケシがのしのしやってくる。

「おッもしれェ。そのペン、ちょっとおれにかせよ」

(これ、今日あったことを、またヤリナオシしてるんだわ ! )

  ミクちゃんには、おじいちゃんのいったことの意味が、やっとわかってきた。それなのに口から出てきたのはやっぱり、

「だめよ。これ、あたしがおじいちゃんにもらったんだもの」

(あーあ、あたしまたおんなじこと、いっちゃった‥‥)

 そうなると次は当然、

「ちぇッ、けち。かせったら、かせッ ! 」

 で、ミクちゃんは、またもやペンを取りあげられ、タケシは、国語の時間にこっそりマエダ先生の似顔絵を描きはじめて、

「あッ、あッ、あーッ」

 黒板の横に立たされたタケシが、あのギョロ目で、ミクちゃんをにらむ。あ~ん、こんなヤリナオシなんてヤだあぁぁぁ。もうおそい。

 カンカンに怒ったタケシに上ばきをかくされ、クレヨンをひっくりかえされ、机の中にゴミを放りこまれて、放課後の砂場で、頭から砂をかけらける‥‥‥。

(うわぁーん、おじいちゃんのばかァ ! )

 

(一日に2回もタケシにいじめられた ! )

 おじいちゃんの実験につきあったら、やっぱり、ロクなことがない ! 

 プリプリ怒っているミクちゃんを見て、おじいちゃんはクスクス笑いだした。

「こらこら、おじいちゃんのせいにしちゃいかん。ヤリナオシ・カプセルそのものは、大成功だっただろ」

(それはそう、なんだけど)

「今日の失敗をもう一度ヤリナオせるチャンスに、またおんなじことを繰り返してしまったのは、ミクじゃないか」

「そんなこといったって‥‥(ああいうときどうしたらいいか、ろくに考えもしないうちに、いきなり時間が逆もどりしちゃったんだもの)」

 ブツブツいってるミクちゃんを、おもしろそうに見ていたおじいちゃんは、ポケットからもうひとつ、カプセルを取り出し、ニヤニヤ笑いながら、こういった。

「第一回目のヤリナオシは失敗だったようだが、どうだ、こんどは、ああいうときどうすればいいか、よーッく考えてから、もう一回ヤリナオシてみるか ? 」

 もちろん!

 ミクちゃんはヤリナオシた。こんどは、カプセルをのむ前に、よッく、よーッく、考えてから。

 どういうふうにヤリナオシたのかって ?

 そりゃもちろん、スーパー・ペインティング・ペンなんか、学校に持っていかなかったのだ。

 カッパ・ハンド事件もヤリナオシたい、っていったら、おじいちゃんが、「このカプセルのききめはな、その日一日のできごとに対してだけ、なんだよ」といったので、あきらめた。24時間以内じゃないときかないなんて、ほんとにざんねん !

 おじいちゃんはそれから、ドジッ子ミクちやんのために、せっせとヤリナオシ・カプセルをつくってくれた。

 ミクちゃんはそれを使って、いろんな失敗を、なんべんもヤリナオシてみた。

 だけどヤリナオシ・カプセルの使い方というのは、なかなかむずかしい。

 せっかくヤリナオそうとしたのに、おんなじことをまたやってしまい、一日のうちに、おなじ友だちと、おなじケンカを、3回もしてしまったり。

 わすれものをしたから、さっそくヤリナオシてみたら、またべつのわすれものをしてしまった、なんてこともあった。

 つまり、ヤリナオシ・カプセルがあったからといって、そのヤリナオシがかならずうまくいくとは、かぎらないし、そもそも、ミクちゃんのドジと、おっちょこちょいが直るわけではないのだ。

 ところが、いろんな失敗をなんどもくりかえしていると、だれでもだんだん、コツというのがわかってくる。毎回、練習しているみたいなものだから。だからミクちゃんも、だんだん、ヤリナオシがうまくなってきた。

 最近は、友だちの失敗なんかも、上手にヤリナオシてあげられる。

 なくしものをした子がいたら、なくす前の時間にもどって、なくさないように気をつけてあげられるし、ケンカした子がいたら、ケンカする前にもどって、ケンカにならないよう、それとなく心を配ってあげたりもする。

 タケシなんか、ほんとはもう何回もミクちゃんの世話になってる。本人はまるで気がついてないみたいだけど。

 ミクちゃんといると、いろんなことが、なぜかとってもうまくいく。

 みんな、なんとなくそんなふうに思うようになると、ミクちゃんのまわりには、いつのまにか、たくさんの友だちが集まってくるようになった。

 だから12月の冷たい風も、ミゾレも雪も、ミクちゃんのまわりだけはよけて通ってゆく、みたいな毎日だったのに。

 ある日、ミクちゃんが学校から帰ってくると、お母さんが、青い顔をして飛んできたのだ。

「ミク、大変よ。おじいちゃんが ! 」

  奥の部屋に寝かされたおじいちゃんは、とっても静かな顔をして、まるで眠っているみたいだった。

「うそ、今朝あんなに元気だったのに ! 」

 ミクちゃんは、もう目を開けてくれないおじいちゃんの顔を、しばらく、ボーッと見つめていた。でも次の瞬間、いきなり部屋を飛び出した。びっくりしているお父さんやお母さんをしり目にかけて。

 イナズマみたいに勉強部屋に飛びこんだミクちゃんは、机の引き出しから、<おだいじばこ>をひっぱりだした。ところが‥‥ないッ ! ない、ない、ない、ないッ! どうして?

 昨日、ここにしまっておいたのにッ!たしかまだ3つ、のこっていたはずなのに!

(あーッ、いけないっ、今日、学校に持ってったんだ!)

 鉄棒からおっこちて、ねんざしてしまったヨシエちゃんと、図画の時間にクレヨンを忘れてしまったタッくんのために、2つ使った。

 それから‥‥それから‥‥! 

(給食の時間にまたスープをこぼしたタケシのために‥使ったんだ!)

 どうしよう、さいごにおじいちゃんにもらったヤリナオシ・カプセルは、あれでおしまい。もう、ひとつものこっていない!

 ミクちゃんは、真っ青になった。

(もうだめだ。もう、おじいちゃんに会えない!)

 ミクちゃんの目に、大粒の涙がもりあがった。

(おじいちゃんに会いたい、会いたい、もういちど、会いたいよぉ)

  ミクちゃんは、おいおい、泣き出してしまった。涙が、あとから、あとから、流れてくる。大声でしゃくりあげながら、ミクちゃんはスカートのポケットからハンカチを取り出した。そしたら、その間からコロコロコロ‥‥うわぁ、あったぁ!

 ミクちゃんは大いそぎで、そのヤリナオシ・カプセルを飲み込んだ。お部屋がたちまちグルグルまわりだす‥‥。

 

「おお、やっときたな、ミク」

 おじいちゃんは、待ちかねていたように、ミクちゃんをヒザに抱きあげた。

 ミクちゃんは夢中で、おじいちゃんの首ったまにかじりついた。

「ハンカチのカプセル、おじいちゃんが入れといてくれたのね!」

「うむ。実は夕べ、新しいケンキュウが完成してな。そのことを、ミクにだけは教えておきたかったんだ。そいつは、オサキニ・カプセルというんだが」

「オサキニ・カプセル?」

「うむ。ヤリナオシ・カプセルの反対でな、ちっとばかし先の時間を覗くカプセルさ。わしの命がもうない、ということも、ミクがヤリナオシ・カプセルを今日、ぜんぶ使ってしまうということも、オサキニ・カプセルのおかげで、わかったんだよ」

 未来のことがわかるオサキニ・カプセル!

 ミクちゃんの胸はどきどきしてきた。

「それ、あたしにくれるのね!」

「いや、ざんねんだが、オサキニ・カプセルはもうひとつも残っとらん」

「えーッ、どうして?」

「ワシがみんな飲んでしまったんだ。ずうっと先の時間の中にいる、大人のミクに会ってみたくなってな。おじいちゃんは、もう、会うことはできんから」

 ミクちゃんの目が、キラキラ輝いた。

「ずうっと先のあたしって、大人になったあたしって、どうなってた? どんなことしてた? ねえ、教えて、おじいちゃん」

 おじいちゃんは、楽しそうにミクちゃんの体をゆすりながら、こういった。

「そいつはな、ミクのこれからの、お・た・の・し・み、ってやつさ」

「なんだぁ、おじいちゃんのいじわるッ」

「ハッハッハッ、心配するな。ミクの未来は輝いとったぞ。うれしいことや、楽しいことに、たくさんかこまれとった。それを伝えてやりたくて、こうしてここでミクを待っとったんだよ」

 それからおじいちゃんはミクちゃんの頭を優しくなでると、研究室のドアを開け、真っ白な雲に包まれて、まぶしい光の中を、どこかに向かって歩き出した。ミクちゃんに向かって、ニコニコ、バイバイ、と手をふりながら。

 おじいちゃんは行ってしまったし、ヤリナオシ・カプセルも、もう、ひとつものこっていない。だけどミクちゃんはとっても元気。

(だって、あたしには、これからうれしいことや、楽しいことが、たくさん待っているのよ。おじいちゃんが、ちゃんとそういったもん)

 だからミクちゃんの毎日は、バラ色。

 今日も元気に、学校に通っている。

 

 

 

 


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推理ファンタジー『雪の日の リリィ』ラストの逆転を楽しんで。 [推理童話]

(はじめに - 作者からのお願い)

 これは、オトナの方たちのために書いた、推理仕立てのファンタジーです。ちょっとした仕掛けがしてあります。ストーリー通りに読んでくだされば、その仕掛けを楽しむことができると思います。作者の思いを汲んで、どうか、いきなりラストへスクロール、なんてしないでくださいね。あなたを信じて‥‥。

 なお、この童話のイラストを描いてくださっているのは、sasuke さんという、高校一年生。彼女は、楽しいイラストと、複雑な高校生活のつぶやきに満ちた、「タイトル未定」という自分のブログを持っています。そちらのほうにもぜひ遊びに行ってあげてください。イラストは、このあとも、順次増えていく予定ですので、お楽しみに!sasuke さんの「タイトル未定」のURLは以下の通りです。

    http://blog.so-net.ne.jp/jumpingjack/

では、私の童話と、sasuke さんのイラストを、共にお楽しみください。

 

        『雪の日の リリィ』

 あたしが、初めて彼と出会ったのは、欅の若葉がやっと芽吹きはじめた春のはじめの日曜日。原宿・表参道を右に曲がった裏道に今もある、ブルー・キャットという、小さなスナックで、だった。

                                (illusted by sasukeさん)

 そこは、当時のあたしのお気に入りの店で、毎日、夜の7時か8時に出かけては、用もないのに閉店近くまで粘るという、気ままで自堕落な時間の過ごし場所でもあった。

 店の奥にはテーブル席が4つ。そこに続く細長い通路の右側は、脚の長いスツールが7つほど並ぶ、L字型のカウンターになっていて、いつもなぜか一年中、大きな壷に白い百合の花が活けられている。

 そのカウンターの中では、やっぱり一年中同じ蝶ネクタイ姿のやもめのマスターが、造り付けのライティングデスクに向かって、文庫本を読んでいた。

 まるで商売っ気のない変わり者で、飲み物も食べ物も注文しないあたしなんかが、遊び半分でしょっ中店に出入りしても、追い出そうともしない。ビール一本でひと晩中粘るお客さんが居ても、気にもしない。

 だからかどうか知らないけど、マスターは三回結婚して、三回とも奥さんに逃げられたんだって。別れた奥さんたちはなぜかみんな白い百合の花が好きで、だからカウンターの上の百合は別れた奥さんたちへのレクィエムなのさって、古い常連さんたちが無責任なうわさしてた。

 マスターは、あたしに少し気があるみたい。だけど三人もの奥さんに逃げられた男なんて、いくら浮かれ娘のあたしでもお相手したくない。だってあたし、初恋だってまだなんだもの。

 ここのお客の大半はいわゆるギョー界人の男たち。

 気取りやで見栄っぱりで、付き合う女の子を一ヶ月単位で取り替える、なんておバカなゲームにうつつをぬかしてる。だけど、あたしの見るかぎり、そんな彼らの方こそ、したたかな女の子たちのお財布代わりにされてるのよね。どうして気づかないんだろ。まったくここの連中は、みんなマスターそっくりのお人好しばかりなんだから。

 そして色白だけが取り柄のあたしは、マスターからいつのまにかりりィ、と呼ばれるようになり、常連のお人好したちからは<ブルー・キャット>のカンバン娘として甘やかされ、可愛がられるようになっていた。

 彼はたいてい、九時過ぎに、一人でやってきた。そして必ず、L字カウンターの角、壁際に2つ並んだスツールの手前の席に座る。奥のスツールは、いつも彼より先に来ているあたしの指定席だったから。

 この2つの席は、背の高い植木鉢でテーブル席のあるフロアからさえぎられ、入り口からもちょっと死角になっていて、誰も邪魔せず、誰にも邪魔されない、なかなかの特等席。目の前にマスターが座っていることを除いたらね。

 彼の好みはバーボン・ウィスキー。 ワインやビールやブランデーを飲んでるとこなんか、見たことがない。

         

 座ればすぐ彼の前に、ワイルドに羽を広げたターキーのラベルのついたバーボンのボトルと、マスターがヒマにまかせて丹念に削りあげた、まん丸の氷が入ったバカラのグラスが置かれる。まだすこし刃跡の残るその氷の上にゆっくりとバーボンを注ぎ、氷がいっそう丸く滑らかに、透明な輝きを増していくのを楽しみながら、彼は一人のグラスを重ねていく。

 あたしはそんな彼に、出会ったときから胸がときめいた。

     

 彼はこの店に来るどの客とも違っていた。酔っ払うとすぐに、小娘のあたしの頭を撫でたり、お尻に触ったりしにくるおバカ連中にはない、「自分」ってやつを持っていた。この人ならきっとあたしを、どんな偏見も持たず、まっすぐ見つめてくれるにちがいない。

 彼も少しは気にしてくれているのか、ときどきちらりとあたしを見る。 だけど臆病なくせに生意気なあたしは、そんな気配を感じるたび、ツンとそっぽをむいてしまう。だってもし眼が合って、声をかけられても、返事なんて絶対に返せないもの。だからできることは、大人の彼が、あたしの不器用な恋心に早く気づいてくれますようにって、神さまに祈るだけだった。

 11時をまわると、彼は誰にも気づかれないよう、そっと店を出て行ってしまう。隣りの席から、熱いまなざしを送っている、あたしのコトなんか気にもかけないで。

 彼の素っ気なさに、あたしのプライドはとても傷ついた。だけど、話しかける勇気も言葉も持たない、世間知らずのうぶな小娘に、いったい何ができるっていうんだろう。 

 そんな彼が夏の終わりごろ、突然女の人を連れて、店に入ってきた。

 栗色のショート・ヘア。シンプルなベージュの麻のスーツ。小麦色の長いスラリとした脚に、白いハイヒールがよく似合う大人の女性。彼は、いつものスツールなんか見向きもせず、店のいちばん奥のテーブル席へ、まっすぐ彼女をエスコートしていった。そして彼女にはワイン、自分にはブランデーを、さらりと注文した。                   

 いつになく気取った彼の雰囲気にいらいらし、二人の方ばかり気にしているあたしを、マスターがニヤニヤ笑って見てる。あたしは完全に頭に血がのぼり、 店を飛び出してしまった。

 血統や育ちを聞かれたら、あたしには答えるものなんて何もない。父親の顔も知らないし、母さんは、あたしと双子の姉さんがまだ乳呑み児なのに突然家を飛び出し、そのままいなくなってしまった。                                              風のうわさでは、よそから来た男とカケオチしたって聞いたけど。                               あたしは母さんのことは、できるだけ考えないようにしてる。                   だって自分の母親が、自分の産んだ子も家も平然と捨ててしまう、野良猫みたいな女だったなんて、思いたくないもの。

 親のいない姉妹が、自分たちだけの力で生きていかなきゃならなくなったら、生活の条件や方法なんか選んでいられない。親戚もいなかったし、拾ってくれる人がいたら、必死でその手にすがるしかなかった。

     

 それでもあたしたちはまだ子どもだったから、ついはしゃぎすぎたり、騒いだり、そこらのあれこれをこわしたりしては怒られた。襟首つかんで投げ飛ばされ、叩かれたりすることもあった。そしてついに持て余され、その家を追い出されてしまった。

 それからの生活は思い出したくもない。

 寝るところがなくて、どっかの神社ののき下で二人抱きあい、震えながら夜を明かしたことがある。優しそうな男の人についていったら、いきなりナイフかなんか出され、噛み付いたり引っ掻いたり、大騒ぎして抵抗し、死に物狂いで逃げ出したことだってある。

 それでも、そこそこ健康だったあたしはまだよかった。姉さんは双子のくせにあたしとは大違い。とても体が弱くて、拾ったものを食べたりしたら、すぐにお腹をこわすし、どこかにちょっとケガでもしたら、あっという間に傷口は膿み腫れ上がり、やせ細ってしまう。

 寒さにも、暑さにも弱い姉さんを、あたしはよく、ひと晩じゅう抱いて寝てあげたものだ。だからやっと、雨露ぐらいはしのげる空き家を見つけ、二人してもぐりこんだときは、本当にほっとして、嬉しかった。これから二人で、やっといくらか安定した生活を始められると思ったのに。あたしたちをまた、とんでもないアクシデントが襲った。

 街の不良どもが姉さんに目をつけたのだ。

 ずっと姉さんを守ってきたあたしは、いつの間にか攻撃的で気の強い、男っぽい女の子になっていた。それに比べて姉さんは、はかなげで頼りなく、いつも男の子たちの保護本能を刺激してしまう。

     

 春の初めから夏にかけ、昼も夜も、そういう男の子たちにつけ狙われていた姉さんは、ある晩とうとう行方がわからなくなってしまった。

 帰ってこない姉さんを探して、あたしはひと晩じゅう街を歩き回った。だけど、どんなに探しても、姉さんは見つからない。ほんの少しの希望を抱いて三日間、空き家の片隅で姉さんが帰ってくるのを待ちつづけたけれど、姉さんはとうとう、そのまま帰ってはこなかった。

 四日目の朝、空腹に耐えかねて起き上がったとき、あたしの心はどうしてか、喜びでいっぱいになった。                                               姉さんからの開放感‥‥ああ、これでやっと、あたしは自由になれる !

 もの心ついてからずっと体の弱い姉さんを守りつづけ、二人の暮らしを支えつづけたあたしは、自分が何をしたいか、何をほしいのかと考える余裕もなかった。              でも少し大きくなり、大人の入り口にさしかかったとき、心のどこかが姉さんをうっとうしがりはじめていることに、気づいた。

       

 いつも誰かの支えがないと生きていけない姉さんは、周りの、自分に対する気持ちに、とても敏感だった。そんな姉さんが、いちばん頼りにしているあたしの気持ちの変化に気づかないはずはない。そう考えたとき、あたしは、ハッとなった。

 姉さんは不良たちに追いかけまわされていたんじゃない。姉さんの方から、彼らを誘っていたんだ。自分を疎んじ、守る気を失くしはじめた妹のかわりに、自分のワガママをどこまでもきいてくれる、従順で頭の軽いドレイを手に入れるために。

        

 プライドが高く、心の中はあたしよりずっとしたたかでドライで、手ごわかった姉さん。姉さんはきっと、とっくの昔に、あたしが心変わりすることを見抜いていた。だからできるだけ早く、あてにならない、足手まといなあたしを、捨ててしまえるチャンスを待っていたんだ。

 あたしは突然、いろんなことがひどくバカバカしくなった。やっと見つけた寝ぐらも捨て、新しく生き直すチャンスを探す旅に出た。そうやってたどりついたのが、この<ブルー・キャット>だったのだ。

 お気楽なマスターと出会ったおかげで、あたしは小さな居場所を見つけることができた。それから半年近く、カウンター脇のスツールのひとつに座り、あちこちから伸びてくる誘いの手を払いのけながら、あたしを見つけてくれる人を待ち続けた。そしてとうとう、心から愛せそうなあの人を見つけた、と思ったのに。

 彼はいま、彼のおかげで少しは女らしくなりかけたあたしになんか目もくれず、どこかで知り合った小麦色の女の肩を抱いて、毎晩店に現れる。楽しそうな二人を見ているのは、とてもつらい。

       

 あたしの足は、<ブルー・キャット>から、だんだん遠のいていった。

 そんなある日‥‥。

 久しぶりに店に顔を出したら、彼が一人で、あのスツールに座って飲んでいた。マスターがあたしに、意味深な目くばせを送ってくる。あたしは思いっきり背筋をのばし、思いっきり気取って、いつものスツールに腰をおろした。

 彼が飲んでいたのは、バーボンだった。

 ふと顔をあげた彼の目と、彼を見つめるあたしの目が、初めて正面からぶつかり合った。彼がわずかに微笑み、あたしも目だけでそれに応えた。わずかな間に、あたしは少し、オトナになっていた。

 彼の手が静かに伸びてきて、軽くあたしのほほに触れる。

 その瞬間、あたしはその手を、その手の持ち主を、どんなことをしてでも手に入れたいと思った。そして同じ思いを、あたしに対しても持ってほしいと願った。ありのままのあたしを、ありのままに受け止めてくれるにちがいない、この優しい手の持ち主に。

 姉さんみたいに自分を上手に演出することなんかできないあたしは、それまでのありったけの思いを込めて彼の目を覗き込んだ。

 どうか、どうかこの思いが届きますようにと願いを込めて。

 それから思い切って彼のひざに手をのばした。手は、どんな言葉よりも多くの思いを、相手に伝えてくれる。そうあたしは信じていたし、あたしにはそれ以外、あたしの心を伝える方法を知らなかったから。

 彼は驚いて、いつもと違うあたしを見つめた。それから、びっくりするほど暖かい柔らかい笑顔を見せ、緊張で震えているあたしの背中を、その震えがとまるまで、何度も、何度も、撫でてくれた。

 ライティング・デスクの上の、マスターご自慢のウェストミンスター・クロックが、11時を知らせる鐘を打ちはじめた。彼は立ち上がり、カシミヤのコートを取って、ごく自然にあたしを振り返った。

 彼がドアを開ける前、マスターが軽く手をあげて、あたしに少し寂しげなウィンクを送ってきた。あたしがもう、<ブルー・キャット>には帰ってこないことを知ってるみたいに。

 あたしたちは連れ立って店を出た。

 外は、夕方からのみぞれが雪に変わり、彼の車の屋根にはもう、うっすらと雪が積もりはじめていた。

 彼がドアを開け、おどけた身振りで手招きをする。あたしは少しもためらわず、助手席に乗り込んだ。

 ヒーターが効いてくると、緊張しっ放しだったあたしの神経がゆるんできた。小さなあくびが出て、まぶたが重くなる。襲ってくる眠気と必死で戦っているあたしに気づいた彼が、笑いながら頭を撫でた。

「お眠り、リリィ。着いたら起こしてあげるから」

 全身が幸福感に満たされた。一度も呼ばれたことのなかったあたしの名前。彼はちゃんと、覚えていてくれた。

 今日から始まる彼との生活。あたしはもう、あの<ブルー・キャット>の冷たくて硬いビニールのスツールの上で、彼が来るのを待たなくていい。これからずっと彼のそばで、彼と一緒に生きてゆける。

 あたしは喜びをこらえきれず、とうとう彼のひざの上に飛び乗ってしまった。

      

そしてその温かい胸に思い切り頭をすりつけながら、自分でも信じられないくらい甘い声で、こんなふうに啼いた‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   

               ミャァーオォォォ‥‥!

        

(あとがき)

 いきなりラストから読む、なんてことをせず、私の仕掛けを楽しんでくださってありがとう。作者として、心から感謝します。

 さて、最後まで主人公の正体に気づかなかった、純真無垢なあなた。苦労して書き上げた甲斐がありました。作者冥利に尽きます。ありがとう。騙されて楽しかった感想をくださると、おだてに弱い私は、いい気になって、また机に向かいます。

 なに、すぐに正体がわかったよ、という、推理上手なあなた。後学のため、どのあたりで気づいたか、ぜひお教えください。それを参考に、また新しい作品に取り組みます。

 くだらん、つまらなかった、と思われたあなた。未熟者ですみません。あなたに喜んでいただける、もっと面白い作品を書きたいので、ぜひご意見をお寄せください。それを参考に、いま以上にがんばります。

 それから‥‥、

 高校2年生のイラストレーター ・ SASUKEさんの作品、いかがでしたか?彼女とは、このso-net ブログで知り合ったのです。そして、コラボレート。

初めての挿絵作品です。ぜひぜひコメントしてあげてください。 

sasuke さんのURL (お引越し先はココログです)                     http://jumpingjack-192.way-nifty.com/blog/

 次回作は爆笑童話をと考えていますが、これがなかなか難しい。短編時代小説も同時進行で制作中ですので、こちらもお楽しみに。ではまた、witch=villwで、あなたにお目にかかる日を楽しみに。 mama-witchでした。

 


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男の子とお父さんの切ない約束の物語『父さんのフェニックス』 [童話]

                      

          『父さんの フェニックス』

 父さんは眠っている。もう、五年も眠っている。病院の白い、かたいベッドの上で、子どもみたいに、すやすや、眠っている。

 父さんのことを、ぼくはよく知らない。とても働き者で、がんばり屋で、男らしい、いい人だったんだよって母さんは言うけど、父さんが起きていたころ、ぼくはまだ幼稚園の年長組だったし、毎日、父さんとすれ違ってばかりいたから、よくわからない。

 朝起きると、父さんは、もう家を出ていた。夜は、ぼくが眠ったころ帰ってきた。日曜日は、お昼近くまで寝坊していたし、その後は本を読んだり、テレビを見たり、昼寝したり。家の中で一日中ゴロゴロしていることが多かった。だからぼくは、父さんに遊んでもらった記憶があんまりない。ただ、覚えてないだけのことかもしれないけど。

 父さんは、今日も眠っている。ビニールの管を鼻の穴に入れて、注射針を右の腕に刺して。黄色い薬が、大きなガラスびんからポタリ、ポタリ、と落ちる。薬は、透き通ったビニール管をつたって、父さんの右腕の中に入ってゆく。僕は、ギイギイ鳴る、スチールパイプの椅子にすわって、それを、じいっと見つめている。

 父さんが " じこ " にあったのは、ぼくが一年生になった日の朝だった。僕の入学式を見るために、仕事をほんの少し抜け出そうとして、建築現場の高い足場から落ちたんだ。

 母さんは、それを聞くとすぐに、ぼくをつれて、病院にかけつけた。だからぼくは、入学式をしていない。

 ぼくは学校が終わると、たいていまっすぐ病院に行く。一年生のときから、ずうっと続いている、ぼくの日課だ。

 三年生ごろからは、ときどき近所のユウジくんやアツオくんと遊ぶこともあるけど、それでも、夕方までには病院に行く。父さんと話をするために。

 ぼくは父さんに話す。今日あったいろんなできごとを。父さんは何も言わず、ぼくの話を聞いているだけだけど、それでもかまわず、ぼくは話す。テストも見せる。成績表も、ちゃんと見せる。

 父さんは黙っている。でもぼくは知っている。父さんには、ちゃんと聞こえているってことを。だって、母さんがそう言ったもの。

「お父さんはね、しゃべれないけど、ちゃんと聞こえているのよ。お医者さまが、耳は何ともありませんよって、言ってたもの。

 頭の中をケガしちゃったから、起きられないし、目も開けられないけど、それでもちゃんと生きてるわ。お父さんが、いつか目を覚ましたとき、マモルのことやお母さんのこと、なんにもわからなくなってるなんて、かわいそうじゃない。お父さんには聞こえてる。ちゃんと聞いてるわよ、ぜったい」

 ぼくも、そう思うから。

 きのう「父の日」の宿題が出た。ぼくはちょっと困った。だって『お父さんのことを、作文に書いてきてください』っていうんだもの。

 ぼくは一生けんめい考えた。そしたら、ひとつだけ思い出したんだ。小学校に入るちょっと前、父さんと近所の川へ " つり " をしに行ったときのことを。

「うーむ、釣れんなあ。今日は魚のヤツも日曜日をきめこんでるかな」

 父さんはすっかり退屈して、草の上にゴロリと横になった。タバコを取り出し、空にぷうっと、白いケムリをはきながらぼくに聞いた。

「マモルは、大きくなったら、なんになりたいんだ ? 」

「えーっと、よくわかんない」

「なんだ、なんかないのか。たとえば新幹線の運転士さんとか、おまわりさんとか、総理大臣とか、飛行機の設計士とかさ」

「ヒコーキのセッケイシ ? 」

 ぼくがきょとんとして聞いたら、父さんはきゅうに大声で笑いだした。

「父さん、むかし、なりたかったんだ」

「へえ、どうしてならなかったの ? 」

「う~ん、学生時代、ちょっとなまけちまったからかな」

「なまけなかったら、なれたの」

「そうだな、なれたかもしれんなぁ」

 父さんは空を見上げて、まぶしそうに目を細めた。青い空の真ん中には、白く、細い尾をひいた飛行機雲が浮かんでいた。

その日は、とてもいい天気だった。

 

                     ( photo by baldhead ) 

「むかし、古い映画を見たんだ。タイトルは、ええと、たしか『飛べ フェニックス』だったな。うん、たしかそうだった」

「どんな映画だったの ? 」

「砂漠の真ん中に、小さなプロペラ飛行機が不時着するんだ。5人、いや6人だったかな、人を乗せて」

「だれも死ななかったの ? 」

「死ななかったさ。だけど水も食べ物もない砂漠の真ん中だろ、みんな困ってな、なんとかして脱出しようとするんだけど、うまくいかない。すると、いちばん若い男がこう言うんだ、この、こわれた飛行機を修理して、もう一度飛べるようにしよう、ってな」

「その人がヒコーキのセッケイシだったんだ ! 」

「いいや、そいつは模型飛行機をつくってるやつだったんだ」

「模型飛行機って、プラモデルの ? 」

「うんまあ、むかしはプラモデルなんてなかったから‥‥そうだ、ラジコン飛行機だよ、ほら、無線操縦で飛ぶやつ」

「へーえ」

「そしたらみんなガッカリしてな、いくらなんでも模型飛行機つくってるやつに、本物の飛行機が直せるはずがないってな。だけどほかに方法もないから、結局そいつのいうとおりに、みんなで協力しあうんだ」

「それで、どうなったの ! 」

「飛んだのさ、ヨタヨタと、だったけどね」

「うわぁ、すごい ! 」 

「つぎはぎだらけのオンボロ飛行機が、広い広い砂漠の上を、5人の命を乗せて飛んでゆく。父さんうれしくて、うれしくて、涙がボロボロこぼれたよ」

 

「だから飛行機の設計士かあ ! 」

「まあ、ビルの設計をするのも、飛行機の設計をするのも、似たようなもんだけどな」

「ちがうよォ、ビルと飛行機じゃあ、ぜんぜんちがうじゃないかァ」

「そうか、ちがうか。アーッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 ぼくは、そのときの父さんとの話を作文に書いた。フェニックスというのは、エジプトの神話に出てくる不死鳥で、火の中から何度も生き返る死なない鳥のことだということを、先生が教えてくれた。

 ぼくの作文は、父の日の作文コンクールの2位に入賞した。ぼくは、病院にとんでいった。

 大きな額縁に入った賞状と、オルゴールの鳴る賞品の時計とを、父さんのまくら元にそっと置く。父さんは、いつものようにすうすう寝息をたてて、やっぱり眠っている。ぼくはかまわず、大きく息を吸い込んで、いつもより大きな声で、父の日の作文を読みはじめた。

『‥‥‥‥‥父さんは大ごえでわらったあと、ちょっとまじめなかおで、ぼくにいいました。

「おまえ、ほんもののひこうきをつくってみたくないか ? 」

「つくりたいっ ! 」

ぼくのへんじがあんまりはやくて、あんまり大きなこえだったので、お父さんはびっくりし、でも、とてもうれしそうに、「そうか、うん、そうか、やっぱりおまえはおれのむすこだ。うん、そうかそうか」と、うれしそうになんどもうなずき、ぼくのあたまをなんども、なんども、なでてくれました。

 その日、さかなはとうとういっぴきもつれなかったけれど、お父さんもぼくも、なんだかとてもまんぞくして、いえにかえりました。母さんは、ぼくらのカラッポのビクをのぞきこんで、「まる一日かけて、あなたたちなにやってたのよ」と、ケラケラわらいました。でも、お父さんはぼくに、大きくりょうてをひろげてみせ、ぼくにはそれがひこうきだということが、すぐにわかり、それがとてもうれしかったのをおぼえています。

 それからしばらくして、ぼくはこの日のことを、すっかりわすれてしまいました。ぼくがとても小さかったからだとおもいます。でも、父の日のさくぶんをかこうとおもったとき、ぼくはとつぜん、この日のことをおもいだしました。だからぼくは、ためていたおこづかいで 『とべ、フェニックス』のビデオを、かりにいきました。

  えいがは、お父さんのいったとおりでした。ガタガタのおんぼろひこうきが、ひろいサバクのうえを、いっしょうけんめい、とんでゆきます。それをみたとき、ぼくも、お父さんとおんなじように、なみだがボロボロこぼれて、とまりませんでした。

 父さん、あのときぼくに「おまえ、なんになりたい」ってきいたよね。「ひこうき、つくってみたくないか」って、きいたよね。

 ぼく、なるよ。なまけないで、うんとべんきょうして、ひこうきのせっけいしに、きっとなる。そして、はじめてつくったひこうきに『フェニックス』ってなまえをつけて、父さんをのせて、サバクの上をとぶんだ。父さん、そのときまで、げんきで、がんばっててください』

 ぼくが作文を読み終えたとき、父さんがニヤリ、と笑ったような気がした。病室の外は、いつのまにか、きれいな夕焼け空に変わっていた。

                              (photo by baldhead)            

 父さんは、目を覚まさないまま、ぼくの卒業式の翌日に逝ってしまった。ぼくは小さな模型飛行機を、こっそり父さんの棺に入れた。父さんは、その飛行機に乗って、遠い空に、飛んでいってしまった。

 父さんと、僕との約束は、これからだ。

                               (photo by baldhead)

 

 (あとがき)

 3つめの贈り物です。これも童話賞をいただいた旧作ですが、皆さんのご意見をお伺いしたくて、ブログに公開させていただきました。何かご意見がいただけたらと、楽しみにしております。

 4つめの贈り物は、お話にちょっと不思議な仕掛けをしてありまして、まあ、推理童話とでも思ってください。お話の結末がどうなるか、それを楽しんで読んでいただければ、と思っています。

 では、4つめの贈り物の終わりに、またお会いしましょう。

 

 

  


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ロードムービー童話 『北の カリヨン』 [童話]

               『北のカリヨン』

北国の村を、大きな貨物自動車が走りぬけました。自動車が行ったあとに、小さな金いろのベルが落ちています。お父さんといっしょに歩いていた、幼い女の子がそれをみつけ、頭につけていた赤いリボンを、そっと結びました。女の子のお父さんは、これから遠くの町に、働きに行くのです。女の子は、リボンのついたベルをお父さんにわたし、こう言いました。「あたしのこと、忘れないでね」

               

お父さんは、毎日の仕事が終わるとベルを取り出し、北国の村で待っている女の子のことを思い出します。ベルはリンリンと、忘れな草のような音をたてて、つかれたお父さんをなぐさめてくれました。

下宿やの男の子は、美しいその音色を聞いて、ベルがほしくなりました。そしてある日、お父さんが出かけたすきに、こっそりベルをぬすみ出し、かくしてしまったのです。

ベルをなくしたお父さんは、女の子に会えなくったようで、さみしくてたまりません。でも、男の子も、がっかりです。ぬすんだベルは、どうどうと聞くことなど、できませんから。

しばらくするとお父さんは、働きすぎて体をこわしてしまいました。来たときとおなじに、小さな荷物をもって、村に帰って行きます。男の子は大よろこびです。「これでやっと、あのベルの音が聞けるぞ」けれど、くらい、しめった場所にかくされていたベルには、うっすらとサビがうき、もうあの澄んだ音色では、鳴ってくれません。男の子はおこって、下宿やのまどから、ベルをなげすててしまいました。

町を歩いていた一人ぐらしのおじいさんは、道ばたで、なにか、キラリと光るものをみつけました。ひろいあげてみると、うすくサビのういた、小さな金いろのベルです。おじいさんは家にもってかえって、ていねいにサビをおとし、ベッドのまくらもとに、つるしてみました。するとベルは、またリンリンと、澄んだ音色をたてはじめたのです。

そのばん、おじいさんは、ふしぎなゆめをみました。いつのまにか、すっかりわかくなって、であったころのようにかわいいおばあさんと、町はずれの森の小道をさんぽしている夢です。もうとっくにしんでしまったはずの仲間たちも、ニコニコいっしょにあるいています。うれしくてとびおきると、あのベルが、まくらもとで、かすかに鳴っていました。おじいさんは、遠くの村に住んでいるまご娘のことを、ふっと思い出し、このベルの音を、ぜひとも聞かせてやりたくなったのです。さっそくベルをきれいなはこに入れ、郵便局にもっていきました。

若い郵便やさんが、夏のあつい道路を、自転車で走っています。一日中走りまわって、すっかりくたくたです。するとどこからか、リンリンと、すずしい音が、聞こえてきました。音は、肩からさげた郵便ぶくろの中から、聞こえてきます。郵便やさんは、土手にこしをおろし、その音に、じっと耳をかたむけました。すると、ずっとむかし、この町を出ていった、なつかしい女友だちのことを思い出したのです。「そうだ、こんや、あの子に手紙をかこう」 郵便やさんは、自転車にとびのり、もういちど元気よく走りだしました。

北国のとなり村にすんでいるおじいさんのまご娘は、小包みからでてきたきれいなベルを見て、大よろこびです。まご娘には、とても仲のいい、お友だちがいます。けれどその友だちのお父さんはいま、とてもおもい病気にかかっているのです。しずんでいるその子に、このすてきなベルをプレゼントしたら、きっと元気をだしてくれるにちがいありません。

女の子は、となり村の友だちからとどいたおくりものを見て、びっくりしました。いそいで、お父さんのところに走っていきます。「お父さん、ほら見て、あのベルよ、あたしたちのところにかえってきたのよ」 ベルには、すこしくたびれた、あのときの赤いリボンが、まだついたままでした

きょう、丘の上の教会に、カリヨンがやってきます。カリヨンは、たくさんのベルをくみあわせた音楽塔です。病気のなおったお父さんは、すこし大きくなった女の子の手をひいて、ゆっくりと丘をのぼってゆきました。この小さなベルを、カリヨンの仲間に入れてあげるために。

北国の村の丘の上から、すてきなカリヨンの音色がひびいてきます。 きょうは女の子のけっこんしきです。とても元気になったお父さんに手をひかれて、とても大きくなった女の子が、真っ白なドレスに身をつつんで、丘をのぼってゆきます。あたりにひびくカリヨンの音色に、女の子が、ふとかおをあげました。じっと耳をすませ、なにかを思い出そうとしています。「なんだか、とってもなつかしい音‥‥」 お父さんも、じっと耳をかたむけます。でもそれは、ほんのわずかなできごとで、二人はまた、なにもなかったみたいに、丘をのぼりはじめました。ずっとむかし、二人のしあわせをまもってくれた、あの小さな金いろのベルが待つ教会をめざして。

 

 

 

 

 


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5才で天国に行った小さな女の子のお話。 [童話]

            『あっちゃん バイバイ』

 あっちゃんはね、お兄ちゃんの友だちの、ヨシオくんの妹。あっちゃんは五つ。あっちゃんは 今よりもっと小さいとき、中耳炎にかかって、少し耳が遠くなった。だからあっちゃんは 遠くから名前を呼んでも、知らんぷり。けど、うんと近くで「あっちゃーん」て呼んだら、ニコニコふりむいてね、首をかしげて「う~」とうなる。それがなんか、すごくかわいいんだよ。

 週間新潮表紙絵谷内六郎さんの絵です

 ぼくが一年生になったときの夏、五年生のお兄ちゃんとヨシオくんと、ぼくとぼくの同級生たちとで、川へ遊びにいくことになった。
「水泳パンツをはいて、タオルを持って、ボーシは忘れずかぶってくる」

 大きな声でお兄ちゃんが命令する。ぼくは、みんなのリーダーをやってる、カッコいいお兄ちゃんが、すごく自慢だった。

 神社の前のタコ焼きばあちゃんの屋台の前に集まることになって、ぼくは、学校が終わると同時に、家にすっとんで帰った。

 約束どおり、ばあちゃんの屋台の前にみんな集まったのに、ヨシオくんだけがこない。さきに行こうよってみんなさわいだけど、「もう少し待つ ! 」というお兄ちゃんのひと声で、全員おとなしく石段にすわりこんだ。風はないし、お陽さまはじりじりあついし、背中を汗がたらたら流れるし、いくら待ってもヨシオくんはこないしで、いいかげん嫌になったとき、 お兄ちゃんがとつぜん飛びあがった。

「おーい、山田ァ、こっちだ、こっち」

 ヨシオくんが、ひたいにいっぱいあせをかいて、走ってきて、「ごめん、ごめん」と、みんなにあやまった。そんなヨシオくんのズボンのかげから、「う~」と、あっちゃんがかおをのぞかせた。

「やっぱり、そうやったがか」

「うん、あんまり泣くき、ほうってこれんかった。お母も、つれていちゃりゆうし」

「かまん、かまん。一年ボウズの中で、遊ばせちゃろ」

「すまんねや、ジャマもんがふえて」

「なにが。みんなぁで、ちょっと気をつけちゃりゃあ、すむことやか」

 ヨシオくんは、ほっとしたかおをした。あっちゃんは、ニコニコ、う~といった。お兄ちゃんが、さっさと歩きだした。

 ちんか橋をわたって、草だらけの土手をすべりおりると、小石の川原がひろがっている。みんなの服やタオルを、そこにひとまとめにおくと、お兄ちゃんがいった。

「ええか、あそこの大石からむこうへは、ぜったいにいくな。うんと深うて、背のたたんところがあるき。それから、水につかりっぱなしもいかん。冷えてハラこわす」

 ぼくも、みんなも、しんけんにうなずいた。

「ときどき見にくるけんど、おれらぁがおらんときは、大きいもんが下を見んといかん。あっちゃんは、お前らぁが、ちゃんとめんどうみる。いじめるやつがおったら、ゆうてこい。おれとヨシオは、橋の下で魚を取りゆうき。すんぐに、助けにくる。わかったねや」

 ぼくらは、ぜんいん、しっかりとうなずいた。

 お兄ちゃんとヨシオくんは、水中めがねと竹のヤスと、魚アミと箱ビンをかかえ、なにかしゃべりながら、ゆっくりと歩きだした。

「おまえの兄ちゃん、すごいねや」

「なにが ? 」

 ぼくは、わかってたけど、とぼけた。

「なんでも知っちゅうし、こまい子にはやさしい。映画のオヤブンみたいや」

 思わずかおがニヤニヤしてくる。ヒロくんが、つぎになんていうか、わかってるから。

「あんな兄ちゃん、おったらええねや」

 ヒロくんは、ひとりっ子なんだ。

「ああいう兄ちゃんならええけんど‥‥」

 こんどはコウジがぽつんとつぶやいた。コウジの兄ちゃんのコウタは、学校でも有名な暴れん坊だ。そのせいで、おとなしいコウジは、まわりの子から、しょっ中いじめられている。

「父ちゃんとわかれて、母ちゃんがいなくなってから、兄ちゃん変わってしもうた」

 ぼくにはわからない。母ちゃんがいなくなるって、どういうことなんだろ。だけど、しょんぼりうつむいているコウジに、たぶん、そんなこと、きいちゃいけないんだろうな。

「心配すな。コウジには、おれらぁがついちょる。友だちじゃき」

 そういうのが、せいいっぱいだった。するとうつむいてたコウジがかおをあげ、半べそのまま、ニヤリとわらった。ぼくも、なんとなくニヤリ、とわらいかえした。

 そのとき、だれかが、水泳パンツをグイッとひっぱった。あっちゃんだ。汗だらけのかおで、う~う、と川をゆびさしている。

「あ、ごめん。いこいこ」

 ぼくらはそろって、川にとびこんだ。

 あっちゃんは、はじめちょっとこわがってたけど、すぐなれて、おなかのところまで水に入って、大よろこびだ。すべって、ころんで、頭まで水につかっても、泣かなかった。ヒロくんが、りょう手をもってやったら、バタ足もした。

「だいじょうぶか ? 」

 ときどきヨシオくんが見にくる。

 あっちゃんは、その日よくしゃべった。いつものう~のほかに、あ~とか、お~ぅとか、ぎぎぃとか、いろんな言い方をして、はしゃいでる。

「あっちゃん、カッパみたいや。そんなに川遊び、すきがかぁ」

「あ~う、ぎぃぃぃ」

 むじゃきにはしゃぐあっちゃんを見て、ヨシオくんがつぶやいた。「こんなによろこぶがやったら、もっと早うにつれてきちゃるがやった」

 あっちゃん、子どもどうしで川にきたのは、これがはじめてなんだって。

 それからおにいちゃんがきて、いっぱい取ったメダカを、ビニールぶくろに入れて、みんなにわけてくれた。

「ほら、あっちゃんは女の子やき、とくべつ大サービスや。これ見ぃ、ヒメダカやぜ。赤のメダカなんか、めったにおらんぞぉ」

 あっちゃんは、ビニールぶくろの中をおよぎまわる、3びきの赤いメダカに、目をかがやかせた。お日さまにかざしては、なんども、なんども、のぞきこんでる。

 それからぼくらは、肩がやけてヒリヒリするほど遊んだ。夕方ちかくなって、かえりじたくをしていたら、頭のうえから、いきなり小石がバラバラおちてきた。おどろいて見上げると、土手の上にコウジの兄ちゃんが、うで組みで立っていた !

「なんじゃおまえら、赤んぼつれて水遊びか、まっことヒマじゃねや」

 コウジの兄ちゃんのコウタは、お兄ちゃんとヨシオくんの同級生だ。まっ黒に日やけして、背もお兄ちゃんより高い。ガッチリしてる。まゆがふとくて、眼ん玉をぎょろりとむくと、めちゃめちゃこわい。

 いつもひとりでぶらぶらしてて、友だちや下級生を見かけると、すごんだり、おどしたり。ときどき気まぐれに、小さい子をポカリとやるから、みんなにきらわれて、それでますます友だちがいなくなり、ますますいじわるになっていた。

 ぼくらはこわくて、お兄ちゃんたちのうしろにかくれた。だけどそんなぼくらのうしろから、あっちゃんが、いきなりとことこ出ていった。

「なーんじゃあ、おまえ ! 」

  コウタが、れいの眼で、思いっきりあっちゃんをにらみつける。だけどあっちゃんはまるでへいき。コウタの目の前に、ヒメダカの入ったビニールぶくろをつきだして、うれしそうにこうさけんだ。

「おあ、こえ、い~え~あ~ぁ、あょ」

 ぼくはハッとなった。きょう一日あっちゃんと遊んで、あっちゃん語が少しわかるようになっていたぼくは、あっちゃんが、ほら、これ、ヒメダカだよって、コウタに言ってるのがわかったんだ。

 それに、あっちゃんがコウタを、なんでこわがってないかもわかった。あっちゃんの眼には、コウタが、ヒメダカをくれたやさしいお兄ちゃんとおんなじに見えてるんだ、まるきりちがうのに !

 コウタは、じぶんをちっともこわがらないあっちゃんを、ちょっと、ふしぎな生き物でも見るみたいに見つめた。そうして、とめるヒマもなく、いつも小さい子にやるように、あっちゃんの頭をいきなりポカリ ! となぐった !

 あっちゃんの手から、ビニールぶくろがふっとび、水といっしょに、たった3びきしかいないヒメダカが、あたりにとびちった。それを見たしゅんかん、ぼくの頭の中はまっ白になり、コウタの胸ぐらにとびかかっていった。

 ブッとばされるぼくを見て、お兄ちゃんがコウタにつかみかかったのと、ヨシオくんが、コウタにむしゃぶりついたのが、いっしょだった‥‥ような気がする。

 とにかくそれからめちゃくちゃになり、かえり道は、もうだれも口を開かなかった。

 お兄ちゃんもヨシオくんも、眼のまわりがまっ黒になり、ぼくらも大きなこぶがあちこちできて、せっかく取った魚たちはぜんぶ道にとびだして、死んでしまった。そしてぜんいんで戦ったのに、ケンカはやっぱり、コウタにこてんぱんにまけてしまった。

 それから一週間たって、あっちゃんは国道で、車にはねられた。

 ヒメダカを取りに、ひとりで国道をわたろうとしたんだよと、駄菓子やのおばちゃんが、前掛けで涙をふいていた。

 あっちゃんのおそうしきには、近所中のおとなと子どもたちがあつまった。さいだんには山もりの花と、おかしと、おもちゃと、それから、あっちゃんがかいた、たくさんのヒメダカの絵が、かざってあった。

 火そうばにいく時間がきたとき、すごいいきおいで、だれかが走りこんできた。よれよれのシャツにドロだらけのズボン、かおも体もあせまみれの、コウタだった。コウタは、みんながびっくりして見ている中を、まっすぐさいだんの前にいった。そして、手にさげていた大きなビニールぶくろを、ニコニコわらっているあっちゃんのしゃしんの前に、そっとおいた。それを見たあっちゃんのお母さんが、いきなり大声で泣きだした。

 ビニールぶくろの中には、赤いヒメダカが、いっぱい、およいでいた。

 あっちゃん、コウタはね、あれからとてもまじめになったよ。だれもなぐらなくなったし、いじわるもしなくなった。お兄ちゃんやヨシオくんとも、少しなかよしになった。

週間新潮表紙絵の谷内六郎さんの絵です

 あっちゃん、あんなに元気だったのに、人間っていつ死んじゃうかわからないんだね。コウタもそれに気づいたんだと思う。いじめた相手が、あした死んじゃうかもしれないってことにね。死んだら、その人にあやまることもできないもの。

 コウタはきっともう一生、だれにもいじわるしないよ。それからあっちゃんのことも、きっと一生わすれないと思うよ。ぼくもだよ。

 それじゃあね。あっちゃん、バイバイ。

 

 読んでくださってありがとう。3つ目の童話がすでに出来上がってます。次の童話は、小学生の男の子とそのお父さんとの、ちょっと切ない「約束」のお話です。タイトルは 『お父さんの フェニックス』

実はこれも含め、今までの童話は全て、以前、いろいろな童話賞をいただいたものばかり。皆さんがどう読んでくださるか、ブログに載せてみたのですが。どうだったのか、まだ良く分かりません。なにしろ、ブログ初心者なもので。

いま、最新のオリジナル作品を制作中ですので、そちらへのご意見をお聞かせいただきたいですね。では、また。

 

 

 

 

 

  


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 『春の石』コラボレート写真詩① [コラボレート]

 

       『春の石』

 

 (photo by ドン亀さん ) 

       冬寒の風の中に 

       暖かな石が立っていた

 

       それは はるか昔から

       すべての季節の ぬくもりを集めて

 

       北国をゆく旅人や

       北国に住む人々に

 

       やがて来る花の季節を 告げようと

       ここに立ちつづけてきたにちがいない

 

       冬寒の中に 暖かな神の石を 見つけた

 

(作者からあなたへ)

 ☆都会では見かけることなど出来ない神の石。でも実は、ほんの百年ちょっと前には、日本中どこにでも、人を見守り、導く、こうした神の石が点在していたのです。長い時間をかけてそれを造った人の思いを、体いっぱいに見せて。だから人はごく自然に、感謝の手を合わせたのでしょうね。

                           

                          

(「ドン亀日記」より)

 2006年3月8日付「村の道祖神」という頁からお借りした写真。この日長野では朝から強風が吹いていたそうです。彼の住んでいる山形村には、道祖神がたくさん点在し、「道祖神の村」とも呼ばれているそうです。


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『はるのこども』コラボレート写真詩②  [コラボレート]

 

          『はるのこども』

 

 (photo by ドン亀さん) 

 

  おかあさん これ なあに  

        これはね はるのこども

  ふうん なんておなまえ ?

        ふきのとう

  かわいいね

        あなたみたいよ

        

 

(作者からあなたへ)

☆冷たい雪の中からひょっこりと顔を現す、愛嬌たっぷりの福寿草。でも始めてそれを見た子どもは、いそいでお母さんに、こんな風に聞くのでしょうか。 その質問は、子どもが世界に興味を持ち始めるはじまりかも‥。

 

  http://blog.so-net.ne.jp/trout/

(『ドン亀日記』より)

 これは2006年3月10日付「散歩/フキノトウ」というブログ頁からお借りした写真です。長野の春ですねぇ。


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 『春のノート』コラボレート写真詩③ [コラボレート]

 

 

          『春のノート』

 (photo by ドン亀さん) 

        若いころの思い出は

        なぜかみんな

        小さなかけらで できている

 

        古びて端のめくれたノート

        燃えさしのローソク

        安物のマグカップ

        ちびた でも気に入っていた4Bの鉛筆

        泥まみれの運動靴

        誰かと見た映画のパンフレット

        ギター

        レコード

         山登りの地図と 君の写真

        そしてにぎやかな笑い声

 

        私という ちっぽけな箱の中に

        ぎっしり詰まっている

        そんな思い出のかけらたちが

        春になると 

        ときどき私を 涙ぐませる

 

(作者からあなたへ) 

☆過ぎていった日々はもう取り返せない。でもその日々の名残のあれこれが、大人になっても捨てきれない‥‥。こうした思い出のかけらたちは、いったいどう始末すればいいんでしょう。青春は、キラキラ光るガラクタの詰まったおもちゃ箱、のようなものなんです、きっと。

 

  http://blog.so-net.ne.jp/trout/

(「ドン亀日記」より)

 この写真を持ってきたのは、2006年2月22日付の「ご先祖は遊牧民族?」というタイトルの頁から。学生時代は登山部だったというドン亀さんが1980年の9月3日~5日、雲取山に登ったとき、無人の避難小屋に置いてあった登山者ノートを撮影したもの。ちなみにこの日は私mama-witchの誕生日です。関係ないけど(笑)

 ドン亀さん曰く。『写真のノートは、この無人の避難小屋を訪れた大勢の人が思い思いに書き残していった「記憶」なんです』

 もしかしてあなたも、このノートに記憶を刻んだ人のひとり? 

 

 

 


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 『旅に出た君へ』コラボレート写真詩④ [コラボレート]

 

        『旅に出た君へ』

(photo by silvermacさん)

        君が 町を出ると聞いた

        あまり突然のことで 

        ぼくらは とまどった

        みんな 寂しがった

        でも 

 

        君が見つけた新しい場所

        君が見つけた新しい生き方

        そこに何が待っていようと

        君はきっと切り抜けていくと思う

 

        いつも一緒にいることだけが

        一緒に生きるということじゃない 

 

        君が 君を信じて生きるということを

        ぼくらは信じられる

        だから 

        できるだけゆっくり

        歩いていってほしいと願っている

 

        そうそう

        君が町を出てから タンポポが咲いたよ

 

(作者からあなたへ) 

☆春は別れの季節。友の旅立ちに伝えたいことはただひとつ。大丈夫、私たちはいつもあなたのそばにいる、そしていつも信じているから。

春は人の気持ちを、いつもより強く、優しくする季節のようです。

 

 この詩は、「気ままにブログ」当主、silvermac さんとのコラボレート。ふるさと土佐を見つめるsilvermac さんの優しい視線をお借りして、皆さんにもうひとつの春をプレゼントです。記事の最後に添えた写真は高知城の桜。もう散り始めているそうです。silvermac さんのURLは以下。

  http://blog.so-net.ne.jp/ryofu/

(『気ままにブログ』より)

 この写真は06.03.11付の「ご近所の花」からお借りしました。このタイトルの頁にはタンポポの花三態のほか、オキザリスや、名も知らぬご近所の春の花が紹介されていますよ。

        


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『花嫁』コラボレート写真詩⑤  [コラボレート]

 

         『花嫁』 

 (photo by silvermacさん ハクモクレン)

 

   白いモクレンが咲くころ あたしお嫁にいくの

   それが口ぐせの娘が居た

   よく行く居酒屋の

   よく働く娘だった

 

   地方から出てきて ずっとひとりで暮らして

   故郷で やはりひとり暮らしをしている父親に

   精一杯仕送りをしているという 評判だった

 

   綺麗ではなかったが 優しい顔をしていた

   娘に恋する奴はいなかったが

   毎日顔を見にくる男は大勢いた

 

   桜便りが聞こえはじめたころ 

   娘の姿が店から消えた

   男たちは うわさに興じた

 

   田舎に帰ったのさ と云う奴がいて

   男に決まってるよ と決めつける奴がいた

 

   ラクに稼げる仕事はいくらでもあるからな

   嘯(うそぶ)く奴がいて

   いかがわしい場所で見た と云う奴もいた

 

   しかし結局のところ誰ひとり 

   娘のことなど知らなかったのだ

 

   そしてハクモクレンが咲き始めたころには 

   一年近く働いていた娘のうわさ話をするものなど

   ひとりもいなくなった  

 

   都会では 珍しくもない話だが

   花の季節がくると あの子の言葉を思い出す

 

   白いモクレンが咲くころ あたしお嫁にいくの 

 

(作者からあなたへ)

☆都会でひとり暮らすあなた。誰にも言わない、言えないその胸の内には、一体どれほどの想いを抱えているのでしょう。人はみな一人では生きられない。なのにひとりで生きていかなければならない‥そういう自分を励ますために、自分に向かって、自分を支える小さな嘘をつく。いいじゃありませんか、誰かに ほんとうに出会うまでは‥。

 

 

 http://blog.so-net.ne.jp/ryofu/

(『気ままにブログ』より)

いつも素敵な花が咲き誇るsilvermacさんのブログ06.03.11付の「ご近所の花」から、いま真っ盛りのハクモクレンの花をお借りしてきました。抜けるような土佐の青空にキリリと咲き誇るハクモクレンを見ていると、昔、行きつけの店に居た可愛い娘さんがよく言っていた言葉を思い出しました。春、若い娘さんの胸の中には、ハクモクレンの白い花が未来の夢を広げるのでしょうか。

 

 

 

 


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