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『遅すぎたラブレター』写真小説 1 [写真小説]

(はじめに)

  多忙のためなかなか時間が取れず、ほぼ、一ヶ月ぶりの更新となりました。すみません。3月にブログを立てて約3ヶ月。昨日(5月16日)アクセスが3万人を超えました。nice&コメントを下さった皆さま、そして通りすがりに立ち寄ってくださった皆さま全てに、心からの御礼を申し上げます。

   この小さな物語は、写真詩でコラボレートしている「ドン亀」さんへの、ささやかなオマージュです。登山が好きで、自然が好きで、東京から信州の山形村に、奥さんと共に移住して12年になる、多分少し頑固者のブログ・メイト。まだ一度もお会いしたことは無いけれど、だからこの物語の主人公のモデルではないけれど、彼の発表したモノクロ写真から受けたイメージを紡いで創りあげた全くのフィクションではあるけれど、私の中にうっすらと浮かび上がるドン亀氏のイメージに向かって捧げる、心からの贈り物。彼の、筋の通った写真がなかったら、紡げなかった物語です。お読みくださる皆様の、率直な感想をいただければ幸いです。

  ドン亀氏のURL → http://blog.so-net.ne.jp/trout/

 

       『遅すぎたラブレター』

 

 

            元気ですか。僕は今、山にいます。

 

  

 

 あの夜、お互い振り向かずに歩いていこうと言っておきながら、僕は結局、振り返ってしまった。君はきっと振り向く、と思ったから。

 半ばは君のために、と振り返ったんだが、僕のそんな傲慢さを見透かすように、君は見事に一度も振り返らず、あの街の雑踏の中に、消えていった。

 君の中の、そんな強さを、僕は知らなかったということだね。

 

 それにしても、七年という歳月は、僕らには長すぎた。

 あれほど愛おしかった君の笑顔が、いつのまにか空気のような生活の一部になってしまったのは、いつからだったんだろう。

 変化の無い日々に、新しい何かがほしくなって、僕がときどき、遠くを見つめるようになったのは、いつからだったのか。

 君は、どうだったのだろう。

  

 僕は山が好きだ。霧の中を細く、長く続く草の道を、ひとりで黙々と歩くのが好きだ。でも二人で居るころ、そのことを君に話したことは一度もなかった。

 多分、怖かったんだろうな。ひとりで、という僕の言葉を、君に誤解されることが。

 いま僕は、その草の道を歩いている。君と暮らした、七年の日々を考えながら。

                     

 霧の中の道は僕を安らがせる。行く先も、来た道も見えないことが逆に、今ここに在る自分、と云う奴を感じさせてくれるから。

 僕は、まるで水の中に居るように、自分の重さを忘れて歩く。自分の足元だけを見つめ、自分の歩幅と、自分の歩調で。

 そして、気がついた。

 僕の歩き方が、もう、昔と同じではないことに。

 僕は、君の足取りに合わせ、君も、僕の歩調に合わせてくれて、七度の春と夏と、秋と、冬を、一緒に歩いた。そして僕らはいつのまにか、どちらの歩き方でもない、二人の歩き方で、あの年月を歩いてきたんだと思う。

 君もいつか気づくだろうか。小さなことなんだけれど。

 僕はこれから、以前の僕とは違う新しい歩幅と、新しい歩調で、新しい人生を歩いてゆく。

 君に貰った新しい歩き方を、僕は大切にしようと思っている。

 

  一方的な僕の思い出話を、少ししてもいいかな。

 僕は君が好きだった。君と居ると安心できたし、安らげた。

 でも君は違ったようだ。

 君は、僕と居るとき、いつも不安そうだった。

  僕が、君と同じ気持ちでいるかどうかを確かめたがったし、僕の本当の気持ちを、知りたがった。

 それが何故なのか僕にはわからなくて、君の、繰り返される質問に、答え続けることが苦痛だった。

君が覗いた僕のスケッチブック。

そこに君の姿が無いことを、君は悲しんだけれど、僕には描く必要が無かったんだ。君はいつも僕の心の中に居たから。

 あのころは確かに・・・。

 

 いつかきっと抜け出そう、と話し合った僕らの部屋。

 夏は西日が当たって蒸し風呂のようだったし、冬は隙間風に苦しめられた。

 でも僕は、実は気に入っていたんだ。

 僕のTシャツだけを身につけた君が、狭いキッチンで淹れてくれる紅茶や、ふくら雀のように重ね着して、小さなストーブの側でうたた寝している君と一緒に居た、あの部屋が。

 

 覚えているかなぁ、僕らの自転車。中古だったけど乗り心地は良かったじゃないか。二人でよく夕食の買い物に行って、日曜日は遠くの公園までサイクリングし、暇さえあれば後ろに君を乗せて、近所中を乗り回した。

  

 僕らは何も無いなりに、二人の時間を楽しんでいたよな。

 どうして、あの生活が色あせてしまったんだろう。

  

 初めてのバイトで君に買ってあげたハムスター。

 可愛かったけどちっとも懐かなくて。関心を失くしてしまった僕とは反対に、君はムキになって世話をしてたっけ。

 

 三年ほどであいつが死んで、そのころ僕らは卒業して、就職して・・・。

 

 帰りに毎日待ち合わせた駅のプラットフォームで、君は、君より少し遅い僕を待ちながら、いつも文庫本を読んでいた。本棚がいっぱいになるほどの君の本のタイトルを、僕はいま、ひとつも思い出せない。

 

 あのころはよく散歩した。金が無かったこともあったけど、古い家の写真を撮ることが好きだった僕の我儘な撮影旅行に、君は無理して付き合ってくれたのかもしれないな。

 君は写っていないけど、あの頃僕が撮った写真には、どれも君が居るよ。

 笑ったり、怒ったり、すねたり、疲れたと座り込んだり・・・。

 僕にしか見えない、君のポートレートだ。

 

 古い一軒家を撮っているときの事を覚えているか?

『子どもが居ないと、洗濯物って少ないのよね・・・』

 君のつぶやきに、僕はなんて答えたんだろう。

 

 家の裏手にあったブランコを見つけた君は、ヘンにはしゃいで、こんなことを言ったよな。

『まだ使えるわね。もし子どもが出来たら・・・』

 その後を飲み込んだ君の心の奥の言葉が、僕にはちゃんと聞こえていたのに、聞こえない振りをした。僕は、あまりに若すぎて、君を喜ばせる言葉を口にする勇気が無かった。黙るしかなかったんだ。

 

 道が途切れた。

 この沢を渡っても、もとの道には戻れないかもしれない。

 君が居たら、とめるだろうな。そして僕の頑固さに、また泣くんだろうな。

 でも僕はこの道を行く。この道を信じたいんだ。

 

 新緑が僕を包む。

 信じろ、と言う。

 道はまだ見つからない。            

 

 苦しい・・・。

 でも、もう少し、あと少し、頑張ってみたい。

 僕は、僕の力の限界を知りたい・・・。

 

 君の側に居た頃、僕はこの無謀さを、胸の底に押し込めていた。

 それほど、君を好きだったから・・・、君を失いたくなかったから・・・。

 でも所詮それは嘘だった。

 最後には我慢できなくなるほど、僕は僕でしかなかったんだ。

 嘘をついて、僕ではない僕を愛してもらうより、僕は、ありのままの僕を、君にわかってもらう努力をすべきだった。それが君に通じなくて、別れることになったとしても、僕はその結果を、納得して受け止められただろうから。

 どんなに言い訳したって、最後の夜、結局振り返ってしまった僕は、君に嘘をついていたということだ。

 君は振り返らなかった・・・それが君の、僕への向かい合い方だったんだ。聞きたいことを懸命に聞き、知りたいことを必死で確かめようとした。たとえその結果、僕に疎んじられるようになったとしても。

        

 君は恐れなかった。

 どんな姿であれ、ありのままを見せようとした。

 君のほうが、ずっと正直で、誠実だった。

 なのに僕は君に、僕と同じ嘘つきになることを求めていたのか・・・。

 

 道に・・・出た。

 この橋を渡っても、道は頂上に続くとは限らない。

 でも、僕はこの道を行こう。

 霧に包まれて自分を確かめることなど、もうしない。

 頂上には、きっと答えがある。今日の僕の答えが。

 

             元気ですか。僕は今、山にいます。

 いま、やっと霧から抜け出しました。見えなかった峰々が姿を現しています。

 山を下りたら、出すつもりの無かったこの手紙を、君に出すつもりです。一箇所の訂正も、修正もせず。

 遅すぎたかも知れないけれど、君に、振り返ってもらうために・・・。

 

 

                             ― 完 ―           

 

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