『不思議な時計の話』 時計職人の話から。 [考えさせられた話]
ある朝‥‥。
金魚のせり市の声で目が覚めた。ここはマンションの7階。そんなバカな、と寝ぼけ眼で起きたら、昨夜からつけっ放しのテレビに、江戸川の金魚せり市の風景が映し出されていた。懐かしかった。
昔、金魚に狂って、700匹以上飼っていたことがある。もちろん部屋もベランダも水槽だらけ。病高じて、いつも買っていた金魚屋のオヤジさんに無理やり頼みこみ、江戸川の、プロしか入れない金魚のせり市まで連れて行ってもらったこともある。
通り過ぎた日々は、こうした思いがけないスィッチでも入らない限り、記憶の底に埋もれて出てこない。
オムニバス形式の俳句番組。「昔あった風景」というタイトルに惹かれ、そのまま見ていると、画面は下町の時計修理職人の仕事場に切り替わった。
老職人の語る、少々気になる話。
『長く修理をやっていると、ときどき不思議なことに出会います。
修理しても、修理しても、とまってしまう時計がありましてね。こちらの勝手な妄想かもしれませんが、時計が持ち主を嫌っている、としか思えてならなかった。昔ながらの、手作りの時計なんかに、よくあります。
そういえば何年か前に電波時計、というのが出て、これは、送られてくる標準時刻を光学的に受けて、一秒たりとも狂わない。正確無比なハイテク時計なんですが‥‥。
どの時計も、秒針まで、まったく同じ進み方をするんです。こうなるともう、私たち職人が手を出せるのは、部品の交換か、製造元のメーカーに修理を依頼するしかありません。
しかし毎日、同じ時刻に、全部の電波時計が、いっせいに時報を鳴らすのを見ていると、これでいいのかな、という気分になるんです。
時計はもちろん正確にこしたことは無いんでしょうが、私はときどき、時計なんて、およその時刻がわかればいいんじゃないか、なんて、思ってしまうんですよ。
持ち主を嫌って、年中駄々をこねている時計があってもいいんじゃないか、なんて。
時計職人らしからぬ考えですけれどね。
でも最近の正確すぎる、時間だけしか刻まない時計を見ていると、人間にとって時間というのは何なんだろうって、考えてしまいますね。
個人的には、時計はいつも少し狂っているぐらいがちょうどいい、と思っているんですがね 』
我が家には、いまどき珍しい、手巻きのボンボン時計がある。定期的にエサをやらないと動かなくなる。その、どこか生き物っぽいところが好きで、20 年ほど前、あちこち探し回ってやっと手に入れたのに。
かの時計職人の方の話を参考にすると、私はどうも、この安物の柱時計に、嫌われているらしい。
6 日もたたないのに止まるかと思えば、忙しさにかまけて一週間以上ネジ巻きを忘れていても、平気で動いていたりもする。
一日に5分遅れることがあれば、逆に5分以上進むときもある。だから朝、テレビの時刻を見て、時計の、本日のご機嫌を知るための計算をせっせとしなくてはいけない。
天気のいいとき、悪いとき、暑いとき、寒いとき、好き勝手に進んだり遅れたりするから、私はいつのまにか、ひとつの時刻ではなく、前後30分ぐらいの時間の幅の中で、用事を考えるくせがついた。
時間を、一点ではなく、ひとつの流れで見るとき、時計は、およその時刻がわかれば十分だ。これも時計職人の方の話に納得させられる。
うちの時計が、何で私を嫌っているのか原因はわからないが、柱の高いところから一日中私を観察しているうち、日々の暮らしぶりのあまりのいい加減さにあきれ果て、こんなやつに正確な時間なんか必要ない、と思われたのかもしれない。そこはお互いさま、と言いたいんだけどね。
まあ私は、電波時計のように正確無比な生活なんてとてもできないから、 我が家の時計は私に似て、少し狂っているぐらいがちょうどいいのです。
これが私を嫌っているらしい、我が家のボンボン時計。ちょっと明かりが足りなくて、写メールが不鮮明なのは許してください。
ウチに出入りの若い衆 曰く、「一時間置きにボンボン鳴るだけじゃなく、30分おきにも鳴るんでしょ。うるさくない ? 」
なーにをおっしゃいますやら。そこがボンボン時計のいいとこなんじゃない。目をつぶっていても時間がわかるのよ。家中、どこに居てもね。
まあコイツは言わば我が家の生活のリズムを刻むメトロノーム。指揮者でもあります。春眠をむさぼりながら、あったかい布団の中で目をつぶったまま、『時間を聞く』というのも、なかなかオツなものですよ。
(その他の記事はこちら。リンクを貼ってありますのでクリックしてお入りください)
※これまでの公開記事のダイジェストガイドです。目次としてご覧ください。
★『写真+詩で季節を詩う』(ダイジェストガイド ①~21)
★『受賞童話作品』とダイジェストガイドをどうぞ。
初めまして。
時計のお話、何回もうなづきながら読ませていただきました。
身の回りの物達が便利になりすぎて余裕が無くなっていることって他にもたくさんあると思います。
「時間を聞く」って良い表現ですね。
by (2006-03-10 06:02)
mama-witchさん、ほんとうに素敵な詩と感想をありがとう。
実は私も武蔵美の卒業。造形学部基礎デザイン学科1982年卒です。不思議ですね。膨大な数のブログの中で出会えるなんて。
私は、いろんな企業を渡り歩くうちにグラフィックの仕事の比重がだんだん大きくなっていき、今はIDはやっていません。メーカーの広報宣伝担当としてグラフィックや展示会で広告代理店の方達と仕事をさせていただいていた時期もあります。でも、今は片田舎で細々とデザインに関わっています(笑)。それでも工業製品と関わる分野から離れられないのは、本質的にモノづくりの現場が好きだからなんでしょうね。
これからもmama-witchさんのブログを楽しみに拝見していきたいと思っています。ありがとうございました。
by (2006-03-10 12:11)
こんにちは。コメントありがとうございました。
時計のご機嫌はその持ち主を思いやってのことかもしれませんよ?
気がせいて失敗しそうなときは「わざと時をゆっくり進める」とか(笑
「大きなのっぽの古時計」の歌詞のように、人生をともに刻める時計をお持ちなんてうらやましいです。
by liv-mucha (2006-03-10 14:48)
やはり、時計はアナログじゃないと・・・。
見ただけで、次の時間までの計算が要らないからいいですね。
ちなみに、枕元には正確な時計と、10分進ませた時計を置いています^^
目を覚ますと10分進ませた時計で安心感を得るのです。
by Baldhead1010 (2006-03-11 16:44)
いい雰囲気のお話ですねぇ、好きです。
by pp48 (2006-03-11 21:18)
素敵なお話ですね。
田舎の柱時計と一緒に
亡くなった祖母のことを思い出しました。
by hinagorogoro (2006-04-05 22:30)
★コメントありがとうhinaさん。
ウチの時計は、また私を嫌って止まっちまいましたよ。ただいま格闘中(笑)
by mama-witch (2006-04-06 01:23)
若い頃、秒単位の仕事をしていたので、時計には関心があります。わが家の寝室のクオーツ掛け時計(C社製)は初期のもので、もう1/4世紀ほどになります。これが当たりの時計で、極めて正確、1年間で1分くらいの誤差です。所が、時刻合わせノブが回せなくなり、どこで直してもらうか思案中です。最近は古い時計を修理してくれるところも少なくなりました。
by Silvermac (2006-04-11 11:39)
★本当ですねsilvermacさん。
私もウチの時計を直してもらいたくて、時計修理の店を探し回ったんですが、
あったはずの場所にはファッションビルが建っていて。だからうちの時計は今
でも私を嫌って止まるんです。でも彼の時計職人がおっしゃっているように、
時計はあんまり持ち主の言うことをきかないくらいが、時計らしくていいのか
も‥と、最近は達観できるようになりました(笑)。正確な時間がどうしても必
要な職業はもう卒業しましたし(笑)。子の刻、丑の刻でもべつにかまわない
仕事ですし‥(爆)。
by mama-witch (2006-04-11 21:09)
初めまして。ハートの空の写真に惹かれて、こちらに伺いました。
このお話、とても好きです。
私もわざと時計を5分進ませていた時期がありました。人より5分先の未来を生きているような感覚がたまらなかったのです。
他の作品も少しずつ読ませていただきますね。
by 笙野みかげ (2006-04-12 14:54)
★初めまして 笙野みかげさん。
訪ねてくださってありがとう。この話はほんとにたった一度、偶然にテレビで
見て、とても心打たれて、制作ノートに書いておいた話です。こういう人と実際
に会う機会はほとんどありませんが、だからこそ誰かに伝えたいとブログに書
いたのですが、書いた直後から沢山の方が読んでくださって、その訪問数に
こちらがびっくりさせられました。コメントはさほどいただけませんでしたが、見
知らぬ人に何かを書くなんて、やはり大変なこと。その意味でも、こうしてひと
言コメントをいただけるのはありがたいことだと思っています。
人より5分先の未来を生きる‥そんな感覚のエピソードが私の書いた童話
『おじいちゃんのヤリナオシ・カプセル』に出てきます。いつかお暇なときに読
んでみてください。今日はコメントとniceをどうもありがとう。私もあなたのブロ
グにお伺いさせていただきます。ではまた。
by mama-witch (2006-04-12 16:24)
数年前まで
母方の祖父の家には古い柱時計がありました。
祖父がネジを巻く係になっており、巻くたびにボーンとなる
あの光景が今でも覚えています。
この文章を書いていて思い出したのですが
子どもの時は数字が読めず・・・・
僕は長針と短針の形で
時間を覚えていた事も
急に思い出しました。
結局その時計は
ネジを巻く祖父が椅子から落ちる事3回等・・・・
管理しきれなくなり
壊れたのと同時に捨ててしまいました。
今思えば
あの時計とって置けばよかったなと
思います。
by コウダミナミ (2006-04-17 15:41)
★コウダミナミさま、コメントありがとうございます。
ウチの、私を嫌っている時計は、またまたすねています。ほんとにもう!
でも、かれこれ10年の付き合いですから、完全に壊れても、捨てられないと
思います。家族ですから、せっせと介護します(笑)
by mama-witch (2006-04-23 04:41)
はじめまして☆
とても、素敵なお話でした。
私の祖父母の家にも、手巻きのボンボン時計があります。
外見はちょっとちがうけど、懐かしいです。
今はもう二人とも亡くなりましたが、空き家となった祖父母の家には
生前暮らしていたときのまま、壁にかけてあります。
by (2006-04-25 09:32)
★初めまして、シナモンロールさん。
ボンボン時計復活運動、という運動を起こしたいくらいです。
廊下の奥から、家族全員に刻を告げてくれる時計がいる、っていうことは、家
族全員が同じ時間を共有して暮らすって事なんですよ。家族全員の時計だか
ら、みんなで大切にする‥素敵だと思いません?
今家の中に、「みんなのもの」と言えるものがいくつあるんでしょう?
みんなのものだから、みんなで大切にする、そういう大事な習慣が家庭の中
から消えるってよくないと思うんですけどねぇ、シナモンさんはどう思います?
by mama-witch (2006-04-25 12:48)
mama-witchさん、こちらこそ、ご訪問ありがとうございました。(^.^)
上記について、私も同感です。
みんなのものだから、みんなで大切にする、大切な事ですよね。
by (2006-04-25 15:43)
ボンボン時計というのは、夜中寝ている時もボンボン鳴るのですか?
by Abraxas XIV. (2006-04-27 19:26)
★こんにちは、シナモンロールさん。
いつの間にかなくなっていく日々の暮らしの大切なあれこれ。ふと気がついた
ときにはもう取り返せなかったり。後悔先に立たず、と云う言葉が胸に沁みる
歳になりました。
★Abraxas XIV.さん、こんばんは。
ええ、とても律儀に、一日中ボンボン鳴っています。でも不思議なことに、少し
もうるさくないんです。デジタルなベルの音より、自然の音に近いんじゃない
のかな、と思います。中を開けてみると真鍮の棒を、やはり真鍮の小さな槌
が軽く叩く仕掛けになっているのですが、手作りの木の箱が、微妙に音を和
らげてくれているようで。いずれにしても、耳をつんざくような不快な音ではあ
りません。柔らかく、優しく、懐かしい音です、少なくとも私にとっては。
一番好きなのは朝のボンボンです。習慣でかすかに目覚めかけているとき、
七時だよ、と七つ鳴り、ああそうか、まだ大丈夫と、うとうとしていると、ほら起
きて、と一回だけ鳴る。これが七時半。そして、起きろよ~と八回鳴って、やっ
と起きるのですが、全て眼をつぶったままの時計との会話なんです。
ひとつ、ふたつ、みっつ、と数えながら、少しづつ覚醒していくあの感覚は、デ
ジタル時計には望めません。
どうも私は、必要なとき必要なものを必要なだけ、余計なものはいらない、と
いう合理的な生活より、誰かがいつも傍にいて、なにくれと世話を焼いてくれ
る、こちらも焼いてあげる、そんな生活が好きなようです。
ボンボン時計は、うるさい黙れ!と言っても、止まってはくれません。
目覚まし時計ではありませんから、ヒョイと手を伸ばして簡単に止めることも
出来ません。こちらがどうジタバタしようと、われ関せずと、ひたすら時を告げ
る仕事をし続けるのです。私など、30分おきにきっちり声を出し、いろいろや
らなければならないことを思い出させてくれる、おせっかいな家政婦みたいな
彼女を認めざるを得ず、彼女の指示に従わざるを得ないのです。忘れっぽい
怠け者ですから。でもそれがなんだかとても心地よくて‥‥。
ボンボン時計は時に、起きるまで起こしてくれるお母さんみたいな存在でもあ
って、私は結構彼女に甘えて生きていると思います。
ボンボン時計は、いまも鳴っています。ほらほら、のんびりしてちゃダメ、もう
30分たったよ、と(笑)。
by mama-witch (2006-04-27 20:28)
眠りの浅い私は、寝不足になりそうですねぇ・・・。(=。=)
by Abraxas XIV. (2006-04-30 05:01)
★おはようございます、Abraxas XIV. さん。
これが結構慣れるものなんですよ。むしろこの音が鳴っていてくれないと落ち
着かない、みたいな。でも私、本当はもう何十年来、手巻き式の鳩時計を探
しているんです。だけどもう全てが電池式のデジタル時計になってしまってい
て、もはやアンティーク以外に、そういうアナログな鳩時計は無い、といわれました。残念!
by mama-witch (2006-04-30 07:09)